2005年01月02日

ベトナム旅行記4

クチのトンネルの跡に変える途中のチョロンの町で父さんお勧めの
中華街でお昼をたべました。
大きないけすにあるシャコやエビを網ですくってそれをお料理して貰ました
 
 
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食事の後はチョロンの市場に黒コショウ(粒)を買いにいきました。
この市場は現地の人が行く、問屋さんみたいで
小売りはしていないので何でも箱単位でした。
ベンタン市場のように日本語は通じません。
父さんが仕事でベトナムへ来る時は通訳がつくので
黒コショウが一番安い店で買い物をするのですが
今回は家族だけで身振り手振りで指でさして
いくらか聞くのですが通じません(笑)
結局紙に書いて値段交渉し1キロ入りを6つ買ってきました。
ベンタン市場で500円くらいなののですが
ここで買うと300円くらいだそうです(笑)
黒コショウの質はこちらの方が良さそうです

 
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値段交渉中の父さんとチョロン市場の写真です
posted by ぐうたら母さん at 18:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベトナム旅行記3

この日、ベトナム戦争激戦地『クチ・トンネル』へ見学に行きました。
クチまではホーチミンから車で1時間くらいの所にあります。
ホテルから20分も南に走るともうそこは水田地帯です
昭和30年くらいの日本の農家を思わせる建物と
風景です
6年前には水田の中のため池にはアヒルやカチョウが
飼われていましtが、トリインファエルエンザの影響か
ホテルが増えたせいなのか外国人用の食材として牛が沢山飼われていました
 
ベトナムの人達はあまり牛を食べる習慣はないみたいです
肉は豚・鶏(アヒルやガチョウ、鴨)やぎ?などと聞いていますが・・・
 
クチはこの前行ったよりも整備されて、運悪く日本語のできない
ガイドが付き米語での説明でしたが2回目なので何となく言っていることは解りました
 
10.JPG クチトンネルは当時の北ベトナム軍がアメリカ軍に対抗するため
地下に、人が一人入れるくらいの無数のトンネルを掘りゲリラ作戦を
したところです。左の写真のような30×40センチくらいの入り口が
枯れ葉など隠してありそこからトンネル内を行き来して活動していたようです。小柄なベトナム人ははいれますがアメリカ人のような
ビッグな人には無理だったようです(笑)
今は観光の為、すこし大きく掘ってあり、私達の前のアメリカ人も
狭そうでしたがトライしてしていました(笑)
中は暗くて声をかけないと行く方向が解らなくなるみたいで
 すこし恐かったです

 
 
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外には当時のヘリコブタや戦車がありました
遠くで銃を撃つ音が聞こえ、効果音かと思いましたが
近くで銃を撃たせてくれるところがありけんた父とトライしてみました
posted by ぐうたら母さん at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月01日

ベトナム旅行記2

6年ぶりに訪れたベトナムはめざましい発展をとげ
まずは降りた飛行場が新しくなってびっくり!
でも相変わらずトイレは・・・NGでした(笑)
水洗トイレですが何故か?便座が無い?のです(笑)
飛行場のトイレでもそうなのです。
今回も前回も三番目に来たニューさんに町を案内してもらい
まだ来たばかりですがお土産や母さんの買い物につきあって貰いました。
彼女がいたので値段交渉もスムーズに
またふっかけられる事なく買い物も出来ました
前回は彼女の両親ともお会いしましたが
今回はアメリカに移住したあとでした。
 
元旦の朝から彼女を連れ回してご主人に申し訳ありませんが
こちらは旧正月を祝うので元旦はタダの休日のようだからと
付き合ってくれました
残念ながらご主人は用事があり会えませんでした。
 
ニューさんは今は日本領事館で働いているようです

ホーチミンのホテルは綺麗なホテルが建ち並んでいましたが25.JPG
道路には相変わらずオートバイがあふれていて
そのオートバイには前に大人が2〜3人乗りは当たり前
多いのは前に子供が2人運転手後ろの人は赤ちゃん背負うという5人乗りもいました。 
前回より乗用車も多く走っていました。
町は日本人向けのおしゃれな雑貨屋さんが多くでき
こんなアイスクリームを出すお店できていました。
 

 
 
ホーチミンのベンタン市場の中は魚介類や豚肉、鶏肉:果物から
靴や服地;雑貨;カバン;食器・お菓子、何でも売っていて
市場全体がまるで『ドン○ホー○』のように高くつまれて
ゴチャゴチャしていました。
おしゃれな雑貨屋さんに比べお値段はお安いですし

交渉次第ではもっと値引きされます(笑)
 
ベンタン市場の様子


)1.JPG2.JPG

豚肉です                   果物
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エビ(あまり綺麗でない水で洗っていて心配(笑)  野菜

ベンタン市場の中は蒸し暑く、中では片言の日本語で
『お姉さん安いよー、まけるよー』と声をかけられ
まるで日本のアメ横のようです
中にはまがい物もあるのでそれなりの注意が肝心かも
まぁローレックスやブランドのバッグが○千円で買えるはずが
ありませんね〜
 
posted by ぐうたら母さん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月31日

ベトナム旅行記1

 1996年4月にけんた父の会社のベトナム女性研修生を
我が家でホームスティすることになり、ベトナムがずっと身近に
感じられるようになりました。
 2年あまりの間に三ヶ月ごとに3人の女性を
預かることになり、日本語が話せる人たちではありますが
彼女達は慣れない日本での生活は大変だったと思います。

 
中には日本になじめず休みの日は部屋から
出てこなくなり3ヶ月たつが長く感じる事も
ありました
 
3人も一度は着物を着せて我が家の玄関で写真を撮り
帰国の時は涙のお別れをしました
 
最初の研修生はその後仕事で日本に来ると

我が家に泊まりに来てくれました
 
1999年にけんた父とベトナムにツァーで行くことなり
最後に来たニューさんと再会もしました。
最初に来ていたチャンさんはアメリカに移住してしまい
二番目のクックさんとは連絡がとれませんでした。
 
そのころのベトナムはこれから・・・の国で
まだ戦争のキズ跡が感じられる国でした
路上には戦争で怪我した人たちや
乳飲み子を抱えて物乞いをする人
まわりには外国人に群がる子供達があふれていました
 
6年ぶりに訪れたベトナムはめざましい発展をとげ
まずは降りた飛行場が新しくなってびっくり!


ホーチミン市内の中心は綺麗な新しいホテルが建ち並び

そこだけは綺麗な待ちなみです。
ホテルからすこし離れると犬のオトシモノならず人間の○○○そのものが落ちていて
朝の散歩の時などは目の前でお尻を出してしている女の人を見ました
若くはありませんが30代くらい?の人でした
そのせいか町全体が何か異様なニオイしていました


それでも6年前よりは町が整備され、日本企業も増え、

アメリカ資本も入ってきて高度成長期の日本のようです。
政府も観光にチカラを入れて物乞いや物売りを排除しているようです
 
今回の旅行では観光客に無理矢理売りつけるような
路上の物売りの姿も見られませんでしたが
前はお土産品を○個まとめて○○などと
観光客に群がる人たちでいっぱいでした。
 
ベトナムもドイモイ政策で共産国でありながら
貧富の差が激しく、ほとんどワーカーという労働者で
日本やアメリカや台湾企業で働く人たちは英語や
日本語が達者で高給とりで豊かな生活をしています
 
我が家に来た研修生達も大学まで行き
日本語。英語教育を受けたエリート達でした

 


 

posted by ぐうたら母さん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする